章奴さんの
蕎麦行脚・乱入編 
 
 深大寺そばは法城寺さんが行脚されているので、蕎麦好きの私は(私は漢字派)、深大寺以外の蕎麦屋について、たま〜に、レポートします(何でそんな気になったかというと、昨日行った有名店であまりにも腹が立ったから)。
 
 
 
其の壱・「車○」
八王子市のはずれ、多摩ニュータウンの中にあるこの店は、かの「足利一茶庵」片倉康雄氏に師事した三多摩屈指の有名店であり、最近とみに実力を上げてきた三鷹の「地○屋」の師匠としても知られる。そんなわけで、今回近くを通ったついでに立ち寄ってみた。時間は午前11時45分頃、11時に開店して間もなくの時間帯である。
ここの売りは自家製粉の生粉打ち。福島県只見の古民家を移築した味のある店の至る所に、この店がいかに素材にこだわっているかを示す貼り紙がある。私ははじめての店に入る時の常として、もり(この店では「おせいろ」という)だけを注文した。本当は天せいろにしたかったのであるが、2300円と余りにも高かったので、「おせいろ」を重ねにしてお腹をごまかすことにした。因みに「おせいろ」は900円とかなり高め。重ね(「お代わり麺」)は500円ということで、「重ね(要するに大もり)」で1400円となり、普通の店の倍の値段である。この値段を分析すると、「せいろ」1枚が500円、蕎麦つゆと薬味(山葵、葱、大根おろし)、蕎麦湯があわせて400円!ということになる。これは期待せざるを得ない。待つことしばし、蕎麦が運ばれてきた。丸い塗りのせいろ二段に蕎麦が盛られている。量は一般的な大盛りぐらいと言ってよいだろう。蕎麦つゆはかなり辛い。これは薬味は不要と見て、一枚目は薬味なしで食することにした。最初に何もつけずに蕎麦を食べてみた。確かに生粉打ちということもあって、それなりに香りも立っている(まだ開店1時間以内ということもある)が、とりたててどうこう言うほどのことはない。次につゆにつけて食べ始めて気が付いた。麺の太さのむらがあまりにも激しいのである。全体的にはやや太めの麺なのだが、その中に、その2倍以上もの太い麺やら、糸のように細い麺やらが、かなり大量に混じっているのである。当然、ゆで加減にも大きな影響があり、平均以上の太さの麺はもさもさしてすぐに乾燥し始めるし、逆に細い麺は水分が染みこみ過ぎて、ぐちゃぐちゃに溶け始めている。そういう状態の麺だから、辛いつゆを少しだけつけて食べようとすると、うまく喉を通っていかない(そもそも更級粉を使っているわけではなく、石臼挽き自家製粉の生粉打ちで田舎蕎麦系)のである。一枚食べている間にもどんどん乾燥が進んで(別にぐずぐず食べていたわけではないのだが)、2/3ぐらいまで食べた時点で、残りの蕎麦がお互いくっつき始めていた。二枚目がどういう状態になっていたかは、言うまでもない(時間の経った出前のもり蕎麦状態)。こういう蕎麦の場合は、やはり少し甘めのつゆを多めにつけて食さないと美味しくないだろう(ここのつゆにどっぷりつけたら辛くて食べられるものではない)。もし辛いつゆを使うなら、全体に細めに切るなり、更級粉に切り換えるなりすべきだ。つゆ自体は出汁もきいており、それなりによい味を出しているのだからもったいない。要するに全体のバランスが悪いと見た。
自宅に帰ってから、蕎麦に関する本を何冊かめくってみた。いずれも「車○」の蕎麦は評価が高いが、そこに載っている写真では、蕎麦の太さがみんなきれいに揃っている。おそらく、有名になって、客が増えたために、仕事が雑になったのだろうと思った。深大寺の「湧水」の方が遙かに美味しいと思った。
 
其の弐・「刀屋」
 言わずと知れた、信州上田の名店である。何でもご先祖が、江戸時代に刀匠だったか鐔工だったかだったということで、この名前がついたらしい。故池波正太郎氏のお気に入りの店でもあった。
 私も学生時代から、しばしばここへ通っている。この店は、日曜休業で、営業時間も午前11時〜午後6時と比較的短いため、よそ者にとっては少々不便ではある。仕事ぶりや店構えという点では、地元民に愛されている普通のお蕎麦屋さんといった感じだ。
 さて、先日、後輩2名を連れ、久しぶりにここを訪れた。というのも、「駆け出し」のくせに「蕎麦喰い」を自認する後輩が、「蕎麦ならいっくらでも食べられますよ。」とあまりにも大きな口を叩くので、「刀屋の蕎麦を食ったことがある?」と聞くと「ない。」と答える。「それなら。」ということになったのである。この後輩がどういう目にあったかはご想像にお任せすることにする。
 店の方に「大もりを3つ。」と注文する。「あのぅ、以前に大もりを召し上がったことは?」と訊かれるので、間髪を入れずに「ありますっ!」と威勢良く答える。ここで、「えー。」とか「んー。」とか逡巡すると、「うちの大もりは量が多いですから、普通もりにされた方がいいですよ。普通もりでも、よそのお店の大もりより多いですから。」と言い渡され、有無を言わせずに普通もりにされてしまうのである。今回訪問した際も、隣のテーブル席で年配の夫婦と店員さんがかなり押し問答していたが、結局店側に押しきられていた(もちろんその客があとになってから納得していたことは言うまでもない)。因みにこのお店では、小もり500円、中もり550円、普通もり600円、大もり800円となっていて、値段からでは、その「量の多さ」が予想できないのである。参考までに言うと、普通もりでなんと500グラム!通常のお店の3倍以上である。大もりは普通もりの倍近い量。ということは.....(^_^;)
 さて、まず蕎麦つゆと薬味が運ばれてくる。大もりを注文した客には、予め補充用の蕎麦つゆもついてくる。薬味は通常のねぎ、山葵に加え、辛み大根おろしがつく。信州には多いパターンである。そしていよいよ蕎麦の登場。丸いセイロの上に、文字通り「富士山」の状態で積み重なっている。その高さは10センチにも達しようか。下手をすると、どんどん崩れてきて大変である。蕎麦つゆ自体はやや辛めだが、大根おろしの水分で若干薄まるのでどっぷりつけて食べるようになっているので、蕎麦をつまんでつゆにつけ、口に運ぶ。とにかく硬い。凄まじく腰がある蕎麦である。ジャンルでいうと、手打ちの田舎蕎麦、ということになるが、それもかなりの太打ちである。手繰って呑む、というより噛んで食べる蕎麦である。しかも、美味い。東京の人の中には、こういう蕎麦を嫌う人もいるだろうが、本当の蕎麦喰いにはたまらない店である。安くて、美味しくて、しかも蕎麦だけで満腹になる。そんな店は滅多にないと思う。
 
其の参・「地○屋」
野川べりの小さな貸家で営業している蕎麦屋「地○屋」。まだ開業して5年だが、最近雑誌やガイドに頻繁に採り上げられる。週末ともなれば長蛇の列で、私も何度かチャレンジしたが、毎回駐車場にも入れずに断念していた。今日は、天気もはっきりしない平日ということで、ひょっとしたらと思い、妻と二人で出かけたところ、お昼ちょっと前であったが、先客は誰もいなかった。この蕎麦屋、材料にこだわり、透明感があり、香りの立つ美味い蕎麦を出す、ということで、評価が鰻登りであったわけだが、ここのご主人は、あの足利一茶庵系の八王子「車○」で修行をしたという話を聞いていた。ここで、この乱入編其の壱を思い出していただきたい。ああいう事件があって、それ以来、実は私の頭の中には、一抹の不安が宿ってしまっていたのだ。折角の地元の「名店」、やはり、早く一度行って、その不安を払拭したいと思っていたのだが....。
駐車場に車を駐め、玄関に向かう途中のテラスには、行列を作る方向を指示するいくつもの矢印表示が、なんとも無粋。玄関脇には、小さい子どもを連れて入るなとか、携帯電話の電源を切れとか指示する貼り紙がベタベタ。暖簾をくぐると、なんとなく不機嫌そうな女性の出迎えを受け、席に案内をされた。遠慮して狭い席に着こうとした際、外の景色が見える窓際の広い席を勧めてくれたところまではよかった。が、メニューを持ってきた時には、いかにもお前らは何もわかってないんだろうと言わんばかりの口調で「わからないことは聞いて下さい。(「わからないことがあれば」ではない)」と言う。別に難しいメニューでもなんでもなく、ただ、ざるもりと湯もり、種ものが少しに酒肴が数点あるぐらいで、なんとなく馬鹿にされているような気分になる。ざるもり950円、かさねもり(二枚)1650円とあるので、これはかさねもりでないと少ないだろうと判断し、私はかさねもりを、妻はざるもりと1日4食限定のだし巻き卵(700円)を注文した。われわれの後から入ってきた客も、みなかさねもりを注文していた。注文し終わり、メニューの後ろの方を見ていると、なにやらいろいろと注意書きが、こと細かく書いてある。曰く土日は忙しいから追加注文はするな、曰く小声でしゃべれ、曰く....。室内を見回すと柱にも、「電話は外でかけろ」といった貼り紙が、またしてもベタベタ。ここまでやられると、はっきり言って、不愉快になる。やはり、師匠同様、思い上がりがあるのだろうか。そうこうするうちに、だし巻き卵が出て来た。醤油差しもついて来たが、濃いめの醤油味がついていたので、そのままで食せた。しつこくない甘みもあり、このだし巻き卵はかなりの出来であった。すると、厨房の方から、「ピピピピッ!ピピピピッ!ピピピピッ!」と鋭いアラームが鳴り響く。静かな店内だから、なおさら耳に付く。続いて、蕎麦を洗う音がして、かさねもりが来た。そうか、あのアラームは、ゆで時間を見るためのタイマーだったのか、と納得する。これはどういうことか。プロの職人なら、ほぼこれぐらいのゆで時間、というのは、身体で覚えていて、最終的には、一筋二筋の蕎麦を噛んでみて、ゆで具合を決めるものだ。それを、単にタイマーで計って時間だけで決定しているとは....。さて、テーブルに目を戻すと、やはり、一枚あたりの量はかなり少ない。透明感のある細打ちの蕎麦である。このあたりは、八王子「車○」とはかなり異なる。取りあえず、何もつけないで、そのまま口に運んでみた。すると、蕎麦の香りがしない。味のない透明な紐を食べているような感じである。次に、蕎麦つゆにつけてみた。蕎麦つゆは、八王子「車○」の蕎麦つゆをさらに塩辛くしたような味だ。ものの本によるとかえしは2週間寝かせた半生かえし、それに枕崎の本枯節と羅臼昆布でひいた出汁で仕立てているとのことだが、どう考えても2週間寝かせた味ではない。つまり辛さが若いのである。誤解を恐れずに言うと、下品な辛さなのである。仕方なく、薬味の大根おろしを全部投入し、その水分で薄めて食した。ちなみに大根おろしは全く辛みがなく(あったのかもしれないが、醤油の塩辛さでわからなかった)、なんのための薬味かと思った。妻の意見と私の意見は、一致して、「湧水」の方が遙かに美味しい、というものであった。帰宅してから、この店について記述がある蕎麦の本を調べてみた。私の手許にある本のうち5冊に記述があったが、恐るべきことが判明した。この店は平成10年に開業しているが、当初700円のざるもりが3年後の平成13年には850円、その1年後の平成14年には900円、さらに1年を経ずして現在は950円と、なんと僅か5年足らずの間に、35%も値上げされているのである。週末は行列の途切れぬ店になり、客は増えているはずなのに。二度と行きたくない店である。